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投稿日:2025.05.23 

成行(なりゆき)温度設定の難しさについて食品工場建設の専門家が解説

食品工場建設の温度設定
 
食品工場は、人が口にする食品を扱うため、製品の品質低下や食中毒を防ぐ観点から、工場内の温度は低めに設定されるということが一般的です。実際、生鮮食品を扱う工場では5℃前後の低温環境が求められることもあります。

しかし、食品工場内でも「成行(なりゆき)」と呼ばれる温度設定がされるエリアがあります。このエリアでは、空調設備による温度管理を行わず、換気のみで対応しているため、室内温度は外気温に左右され、夏は高温、冬は低温になりやすいという特徴があります。

かつては「夏は暑く冬は寒い」という環境が普通とされてきましたが、近年の日本の夏の猛暑化により、成行温度設定のエリアでは室温が40℃を超えることも珍しくなく、人体に危険を及ぼす環境が増えています。このため、多くの食品工場では、労働者の健康管理や作業効率・精度の向上、そして働き手の確保を目的に、何らかの対策が必要と考えるようになっています。

本記事では、成行温度設定エリアにおける課題などについて解説します。

 

「成行温度設定」とは

「成行温度設定」とは、空調設備などによる温度調整を行わず、工場や倉庫内を自然な温度(室温や外気温)で保つ運用を指します。物流業界では、「常温輸送」や「常温保管」のことを「成行」と呼ぶ場合もあります。

成行の温度帯については、空調設備による温度設定がないため、明確な温度範囲は定められていません。

 

「成行温度設定」の難しさについて

食品工場でも、エリアによっては「成行」という設定を行うケースがあります。しかし近年では、かつては成行で運用していたエリアにも空調設備の導入を検討する企業が増えています。その背景には、日本の夏季平均気温が年々上昇しているという環境の変化があります。
 
日本の夏平均温偏差
引用:気象庁webサイトより

上のグラフは、気象庁が公表している「日本の夏(6〜8月)平均気温偏差の経年変化(1898〜2024年)」を示したものです。

ご覧のとおり、日本の夏は年々暑さが厳しくなっており、ここ数年は真夏の外気温が40℃近くに達する日も珍しくありません。その影響で、空調設備が整っていないエリアでは、室温が40℃を超えることもあるとされています。特に、食品工場などの大規模施設は、金属製の折板屋根が採用されているケースが多く、屋根からの熱伝導により室温が上昇しやすいという特性があります。金属屋根は軽量で耐震性に優れる反面、夏場には直射日光で表面温度が70℃近くまで上昇することもあり、暑さ対策がなされていない場合、その熱が室内に伝わり、室温をさらに押し上げてしまいます。

こうした環境下では、従業員の作業負荷が大きくなり、離職者の増加や人材確保の難航といった悪循環に陥る企業も少なくありません。食品工場では長時間の作業が避けられないため、空調設備の導入や作業時間の見直しなど、職場環境の改善が喫緊の課題となっています。

 

昨今の夏の暑さが与える成行温度設定への影響

前項でご紹介したように、成行温度設定の場合、夏場の室温が40〜45℃にまで上昇することがあります。この温度は、人体に危険な影響を及ぼす温度であり、最適とされる「26〜30℃」と比較すると、10℃以上の差が生じます。実際に、猛暑化が指摘され始めた昨今、成行温度設定のエリアでは、以下のような問題が発生しています。

 

作業環境の悪化

工場内の温度が上昇すると、作業員の集中力や体力が低下し、作業効率が大幅に悪化する恐れがあります。また、高温多湿な環境では、疲労が蓄積しやすく、ミスの増加や作業精度の低下、さらには労働災害のリスクも高まります。

 

従業員の健康被害

高温環境下では熱中症のリスクが高まり、従業員の健康被害にもつながります。熱中症は体温調節機能の異常によって引き起こされ、重症化すると命に関わることもあります。

実際、職場での熱中症による死傷者数は、2021年以降増加傾向にあり、2024年は1,195人と過去10年で最多となりました。こうした背景から、政府は、2025年6月1日より、職場での熱中症対策を罰則付きで義務化する方針です。

成行温度設定のエリアにおいても、従業員の健康管理の観点から、早急な対策が求められています。

参照:令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況

 

品質への影響

室内温度が40℃を超えるような環境では、製品の品質劣化や変質のリスクが高まります。また、過酷な作業環境が原因でミスが発生し、異物混入など品質トラブルにつながる恐れもあります。

特に、食品や医薬品などを取り扱う施設では、小さなミスから重大な事故につながる可能性があるため、従業員が快適に働ける環境を整えることが非常に重要です。

 

人手不足

工場や倉庫などの人手不足の背景には、「過酷な労働環境」といった職場へのネガティブなイメージが大きく影響しています。特に夏場に室温40℃を超えるような環境では、求職者から敬遠される可能性が高まります。また、こうした状況を放置すれば、既存の従業員が離職し、人手不足がさらに深刻化する恐れもあります。

 

成行温度の採用事例

成行温度は、常時従業員が作業するエリアではなく、商品の温度上昇による劣化のリスクが少ないエリアにおいて採用される傾向があります。

具体的な採用事例としては、以下のような場所があります。

 

  • 洗浄室
  • 加熱加工室

 

少し前までは、熱効率や省エネ・光熱費の削減を重視した工場設計において、成行温度の考え方が一般的でした。

「加熱する部屋を冷やす」という発想はあまり浸透しておらず、部屋全体を冷却するのではなく、スポットクーラーのような簡易空調機で体感温度を下げる、あるいは換気回数を増やして空気を入れ替えるといった対応が主流でした。

しかし、近年では外気温の上昇により、「成行温度」という考え方を見直す必要性が出てきています。

ある施設では、外気温が35℃を超えると、そのまま35℃の空気をが室内に取り込まれ、さらに機械からの発熱が加わることで体感温度が50℃近くになることもあります。このような環境では、従業員にとって非常に過酷な作業空間となってしまいます。

こうした問題を解決するため、ある工場では気流解析を実施し、作業中の従業員に直接冷気を当てる工夫や、これまで無駄に排出されていた冷気をバイパスによって再利用することで、作業環境の改善を図りました。

 

まとめ

今回は、空調設備などを用いた温度管理がなされない「成行温度設定」の難しさについて解説しました。

記事内でご紹介したように、成行温度設定では、実質的な空調管理が行われず、換気のみの対応としたエリアとなるため、室温は外気温に大きく左右されます。その結果、夏場には室温が40℃を超えるケースも多く、さまざまな問題が指摘されています。
かつては「暑さに耐えて働く」のが当たり前とされていましたが、現在の採用市場は売り手優位であり、過酷な労働環境は人材確保を難しくする大きな要因です。加えて、室温の高さによる離職リスクや、労働災害の危険性も無視できません。さらに、2025年6月からは、従業員の熱中症対策が罰則付きで義務化されるため、成行温度のエリアでも、空調設備の導入や勤務時間の調整などの対策が求められます。

もちろん、こうしたエリアへの空調設備導入は、エネルギー効率や環境負荷の面で課題もあります。しかし、従業員の安全・健康を守り、人材を確保するためには、今後避けて通れないテーマとなるでしょう。

関連:食品工場の労災事故と熱中症対策について

この記事を書いた人

sande

安藤 知広

FACTASブランドマネージャー
執行役員東京本店長

1994年当社入社、工事管理者として工場建設における問題と多くの事例を経験。
2013年から東京本店次長として数多くの食品工場建設のプロジェクトリーダーを務める。
2018年10月ファクタスブランドマネージャーに就任し、食品工場建設における技術の体系化を進めております。